対イラン制裁の強化 国内の工場や店舗に打撃 (WSJ日本版から引用)

徐々に厳しさを増す中東情勢。イランがイスラエルに原爆を落とすまで続くのだろうか。

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イランの屋根用断熱材メーカー、バム・シャルグ・イソガムのマネジャーは、政府当局者から国際的制裁の打撃を回避するための助言を受けたとき、先行きの苦難を予感した。それは、「品質を落とし、生産量を減らせ」という助言だった。

 同社はテヘランから3時間ほど南に下った工業都市デリジャンにある。マネジャーらによると、同社は欧州から輸入していた高品質の素材を国内製のものに換えたほか、350人の従業員の半数以上を解雇、残った者への賃金も4カ月間、支払っていないという。

 「会社の所有者から現場の労働者まで、安泰な者は誰もいない。わが国は経済的大惨事に直面している」。マネジャーの1人、ビジャンさんは名字を伏せることを条件にこう語った。同社の責任者に電話でコメントを求めたが、返答はなかった。

 西側諸国による対イラン制裁に加え、イラン政府自身による長年の経済的失策の結果、同国の通貨と経済は大きな痛手を被った。イラン経済は過去10年のほとんどの期間、年6%超の成長率を記録してきたが、国際通貨基金IMF)の予想によると、2012年は約1%のマイナス成長になる見通しだ。IMFは、同国経済は2013年には成長に転じる可能性があるとする一方で、通貨の暴落、インフレ、原油売上の減少が回復の妨げになると強調している。
それ以前は、ブラックリストに載ったイラン組織とビジネスを行う米国企業のみが制裁の対象とされていた。だが2010年の法律は、禁止されたイランとの取引を行うすべての米国企業と外国企業を制裁の対象とすることをワイトハウスと米財務省に求めている。違反した企業は米国の金融システムにアクセスできなくなる恐れがある。西側諸国が制裁を強化したのはイランが秘密裏に核兵器を開発していると確信しているからだが、イラン側はこれを否定している。

 米議会では今週、新たな制裁法案が可決され、オバマ大統領が署名した。イランに対するほぼ完全な禁輸措置に近づく動きだと議員らは述べている。この法律は、イランが原油との物々交換で金や貴金属を入手するのを阻止するほか、ブラックリストに載せるイランのエネルギー、輸送、金融組織の数を大幅に増やし、外国企業がそれら組織と取引するのを禁じるものである。

 最近の制裁の実施に関して議会に助言したワシントンの保守系シンクタンク「民主主義防衛財団」のマーク・ドゥボウィッツ氏は、「制裁はこれまで誰もが予想した以上の大打撃をイラン経済に与えているが、イランの核開発ペースを考えれば経済的圧力の動きはまだ遅すぎる」と語る。

 ホワイトハウス当局者らは3日、新たな制裁の具体的な実施方法に関してはコメントを避けたものの、過去4年間、オバマ政権はイラン政府に対する金融圧力を大幅に強めてきたと述べた。

 対イラン制裁はこのところ強化の一途をたどっている。7月には欧州連合EU)がイラン産原油の輸入を禁止。イランは最大のエネルギー輸出市場の一つを失った。イランの通貨、リアルは9月に1週間で30%近く下落した。これを受け、イラン政府は旅行者や学生に優遇的な為替レートを提供する補助制度を廃止したほか、主要食糧や医療品以外のものを輸入する業者への補助も停止した。

 イラン専門家らは、こうした制裁でイラン政府が近い将来、破綻するとの考えには懐疑的だ。近年の思いがけない原油収入のおかげで、イランの外貨準備高は昨年初めの時点で1000億ドル(約8兆7000億円)を超えていたとみられる。9月までイランはこの準備金を有効に使い、通貨リアルを支えてきた。専門家らは、イランはエネルギー輸出の激減を受け、準備金を取り崩してはいるものの、おそらくハードカレンシー(交換可能通貨)を使い切るまでには至っていないと考えている。

 だが多くのイラン国民はすでに危機的状況にある。中間所得世帯にとってはもはや本や雑誌ですら贅沢品となった。貧困世帯は、価格の高騰が特に激しい肉類を何カ月も口にしていない。

 「牛乳、ヨーグルトチーズ、バターが食卓から少しずつ消えていく。物価が毎日のように上昇し、買うことができない」。テヘランで2人の幼い子どもを育てる45歳の母親は名字を伏せることを条件にこう語った。

 制裁の影響はイラン国外にも及んでいる。ドバイでは、イラン企業の多くが撤退したため投資が減少している。またトルコの観光省によると、イランからの訪問者数は昨年最初の9カ月間で35%減少した。

 普段は西側の圧力に対して強気なイランの当局者たちも、今回は制裁の深刻な影響を公然と認めている。イラン国会経済委員会のゴラムレザ・メスバヒ・モガダム委員長氏は先頃、イランの原油販売量が昨年の日量250万バレルから100万バレル強に減少したと発表した。同氏は、財政収支が2012年に600億ドルの赤字に陥ったとも述べた。

 米高官らは、イランの核開発計画は2期目のオバマ大統領にとっても引き続き最優先の外交課題であるとしている。米政権の戦略の一つは、経済制裁をさらに強化すると圧力をかけることで、イランの譲歩を引き出そうというものだ。一方で当局者らは、イラン政府自身の失策により体制への圧力が高まることも期待している。彼らは、アハマディネジャド大統領の巨額の財政支出と物価上昇が国内のインフレ拡大を招いたと指摘する。
米当局者らは、何カ月間も中断している核問題交渉が近いうちに再開されることを望んでいる。これに関し、イラン側は分裂している。現実的な当局者らは、西側との対立を終わらせ、経済復興を推進したいと考えている。しかし、最終決定権を握っているのは最高指導者のハメネイ師だ。ハメネイ師の側近らは、イランは強硬な姿勢で臨むべきであり、妥協するのは体制の安定が保障される形で西側と合意できる場合に限ると述べている。

 対イラン経済封鎖の結果、同国経済は昔ながらの物々交換に頼る傾向を強めている。以前のように原油と引き換えにドルを受け取るのではなく、インドからは小麦や紅茶を、ウルグアイからはコメを、パキスタンからは肉や果物を、そして中国からはジッパーやレンガに至るあらゆるものを受け取っている。

 制裁がイラン社会に与える影響を調査しているカリフォルニア大学バークレー校の政治科学教授ダリウシュ・ザヘディ氏は、「これは明らかに制裁を回避する一つの方法ではあるが、長期的には経済は衰退するだろう」と語る。

 9月、イラン経済の重要な原動力であるテヘランのバザール(市場)商人たちがストを起こした。抗議活動が勃発したが、治安部隊と情報機関が商人組合に対し、指導者を逮捕して組合員の免許を剥奪すると脅しをかけ、なんとか収拾した。

 工場労働者や、優遇的なドル為替レートで学費を確保することができなくなった学生の家族らは、中央銀行の新たな通貨政策に抗議し、議会前で座り込みを行った。10月には、燃料やガソリンを運送するイスファハン市のトラック運転手の組合が2日間のストを決行、国内最大都市の一つで燃料供給が滞る事態となった。運転手の生活費やトラック維持費は急騰しているのに、彼らの給料は以前と変わっていない。

 冒頭の断熱材メーカー、バム・シャルグ・イソガムが立地する工業都市デリジャンには160棟の工場がある。人口5万人のこの都市は、かつて経済成長のモデルとされた。もともと産業のなかった辺ぴな平原のデリジャンにここ10年間で建築資材から塗料、産業織物に至るさまざまな工場が数百棟建てられた。

 市民のほとんどが仕事を得られたばかりではない。住宅、建築ブームが起きた。大学の分校が開校し、労働者や意欲のある若者のために講義や高度な職業訓練研修を提供した。工場の周囲は、ケータリングや荷物輸送などを扱う多くのサービス業者で賑わった。地元企業はイラクアフガニスタントルクメニスタンなどの近隣国に商品を輸出するまでになった。

 だが2011年になると、デリジャンのような工業地帯に深刻な問題の兆しが表れ始める。

 最初は、制裁とは無関係のことだった。イラン政府は、毎年巨額の財政負担となっていたエネルギー補助金の削減という、野心的な計画を実施した。この計画は海外の金融当局者らに称賛された。しかし、イラン国内外のエコノミストらは、特に産業や企業に対する計画実施は失敗だったと指摘する。

 ガソリン、電気、水の価格が高騰した。政府はこうした価格上昇を補填するため、補助金削減分の30%(年間約1000億ドル)を民間セクター産業に再配分すると約束した。だが、この再配分が実施されることはなかった。

 一方で政府は、一般消費者の負担を補填するため数十億ドルを拠出した。また中央銀行は通貨を意図的に低く抑えた。安い消費者製品を輸入するために数百億ドルもの外貨が無駄に費やされた。

 2012年に制裁が直撃したとき、デリジャンの工場所有者らはすでに限界に達していた。古くなった機械の部品を新たに購入するといった単純な日常メンテナンスを行う金銭的、時間的余裕すらなくなった。

 規模の小さい工場は閉鎖した。数十社の大規模工場で所有者やマネジャー、労働者らにインタビューしたが、彼らも破産を避けるのに必死の状態だという。需要の低下に伴い企業が縮小するなか、景気悪化は市内の他のセクターにも及んでいる。

 工場労働者に食事を提供するレストランの経営者によると、1日当たりの注文数は5カ月前の1250件から320件に減少したという。また地元トラック会社の代表者は、以前は毎日40台のトラックがテヘランに荷物を運送していたが今では15台にまで減ったと話す。同社の輸出事業は完全にストップしている。

 イラン各地の産業が同様の問題に直面している。ガスビン市に近いアルボルズ工業地帯では、多くの工場がコスト削減策を模索している。一部の工場では、休業日を週1日増やし、有給休暇の日数を削減し、労働者に無料提供する食事やおやつの数を減らしているという。

 イランの乳製品の大部分を製造している主要工場5社は10月、最高指導者ハメネイ師に共同書簡を送り、もし経済が回復しなければ数カ月内に倒産すると訴えた。

 イランの自動車産業は、周辺地域で最大規模を誇り、アフリカやウクライナなど各地に製造工場を抱えている。イランのメディア報道によると、その自動車産業は昨年、60〜80%の減産を記録し、数十万人の失業者を生みだした。また、自動車交換部品メーカーの多くは、現金の不足や原材料の欠乏を受け、生産能力の40%で稼働していると、業界の組合指導者の1人が報告している。

 財政逼迫は、イラン最大の輸出物の一つ、すなわち学生をも危機に陥れている。政府はこれまで、海外で学ぶ学生に優遇的な為替レートを提供することでその学費を補助していたが、この制度を打ち切った。そのため、海外の大学に留学している約9万人のイラン人学生が不安定な状態に陥っている。リアルが切り下げられた結果、費用が4倍に膨れ上がったため、多くの学生は勉強を諦めてイランに戻ると話している。とはいえ、帰国したところで彼らに将来の展望はほとんどない。

 アジアに留学し、MBA課程の最終学期を迎えたアリさんは、「これではやる気がなくなる。卒業資格を得るために2年を費やしてきたが、今になって卒業するお金が払えなくなった」と語る。

 一連の制裁による効果は、ワシントンの最も懐疑的な人々を驚かせている。わずか2年前、イランの財政は、国際エネルギー価格の上昇、および欧州・東アジアとの活発な貿易によって支えられていた。欧米の当局者らは、最近の制裁が成功している大きな理由は、イラクリビア、米国の原油生産量が過去1年間で大幅に増えたことと、国際原油市場における供給不足をサウジアラビアが積極的に補っていることだと指摘する。

 イラン当局は、ガソリンや主要食糧を配給制にしたり、輸出入を厳しく管理するといった戦時対応で応じる可能性がある。イランの通商省は先頃、自動車からチョコレートに至る贅沢品75品目を輸入禁止対象に指定したほか、小麦などの主要食糧の輸出も禁止した。

 中央銀行も外貨キャッシュフローを生みだすための新たな命令を発表し、すべての輸出業者に国外での売上金をイランに還流させるよう指示した。イランとドバイにオフィスを持つ、ある有名な商人は次のように語る。「商人やビジネスパーソンは、聖職者と西側との対立の板挟みになっている。われわれは生き残ることができないだろう」
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