ギリシャ国民を待ち受ける苦難(WSJ日本版から引用)

日本がギリシャのようにならなくするためには、法を曲げる官僚支配を終わらせ、憲法にのっとった立憲君主国とすることが必要だ。
優秀な人が民間企業と政府の間を行き来するのは、本来許されることだと思う。しかし、法の執行をするものが特定の企業と癒着をすることは死刑でもよいのではないか。

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アテネ】秋の夕暮れ時、高級店が集まるコロナキ地区で衣料品店を経営するアマリリス・ヴィスヴァルディスさんはその日初めての客を待っていた。時間つぶしに1930年代の中国を舞台にした小説を読んだ。客は誰も来なかった。
街の反対には薬物汚染が広がる地区がある。ここでは、貧しい不法移民のための無料診療所に患者がつめかけていた。医者は患者の様子がいつもと違うことに気づいた。患者の多くがギリシャ人だった。

 欧州のユーロ圏首脳は先週、ギリシャ債務の大幅削減で合意した。しかし、救いと思える要素はほとんどなかった。債務危機ギリシャが余儀なくされた厳しい緊縮政策は今後何年も続くはずだ。不況も長引く可能性が高い。ギリシャ社会は少しずつ困窮し、あちこちで綻びが出始めている。

 ギリシャ経済の中心であり、中流階級の基盤でもある小規模企業が廃業しつつある。貧困層はさらに貧しくなり、街頭の抗議デモは激しさを増している。ギリシャ第2の都市テッサロニキでは28日、デモで軍事パレードが中止された。デモの参加者は大統領に罵声を浴びせ、大統領はその場を立ち去った。

 若手ブロガーのスパイロパパドプロスさんは「状況は悪くなる一方だ、これまで使ってきた金の半分で生活しなければ、という感じが世間にある」と語る。「生活の質、一部の人にとっては必要最低限の生活が危機にさらされている」

 言ってみれば、ギリシャはユーロ圏という坑道のカナリヤだ。過剰な借り入れと消費で加速したギリシャの危機に対してユーロ圏が処方した薬は抜本的な財政改革だった。薬は素早く投与された。気まぐれな投資家の信認を取り戻そうと、多くの国が温情主義的な政策と決別するよう迫られている。そうした政策はこれまで多くの国民に安定と安心感を与えてきたものの、それによって政府は財政難に陥った。問題は、社会の反発を引き起こさずに決別することができるのか、ということだ。
その結果はギリシャ国外にも広がるだろう。社会が崩壊すれば、ギリシャと他の欧州連合(EU)加盟国との距離はさらに広がるかもしれない。そうなれば、緊密な連合体を創設するという欧州の戦後の大プロジェクトがつぶれる恐れがある。

 これまでの反応は前途の多難を示唆するものだ。歳出削減は既に政治的な反発を呼んでいる。与党の社会党は2年前、議会で過半数を10議席上回る議席数を獲得して政権の座に就いたが、今では過半数を3議席上回っているだけだ。政府が崩壊すれば、EUが交渉している救済策は覆され、金融市場は混乱に陥る可能性がある。

 さらに大きな懸念もある。政府はEUが設定した目標を達成するべく、これまでに何度も歳出削減を議会に要請しているため、追加の削減を求めても議会の同意を得られないのではないかという懸念だ。

 前労働相で国会議員のルカ・カツェリ氏は「賃金も年金も全面的な一律カットは限界に達している」と語る。カツェリ氏は先ごろ、社会党を除籍になった。EUが義務付けた経済見直し策に反対票を投じたからだ。この見直し策は団体交渉権を制限するものだった。

 しかし、一層の歳出削減を伴わない解決策は考えにくい。ギリシャは債務が軽減されることに加え、財政上の制限付きで今後何年にもわたってEUから補助金を受け取る。ギリシャの債務残高は現在、国内総生産(GDP)比で164%。計画通り事が運べば、2020年には120%まで下がると予想される。だが、この水準でもEUが定めた上限の2倍で、財政問題を抱えたイタリアの水準とほぼ同じだ。

 こうしたなかで、ギリシャ国民は今後、さらに多くの痛みを受け続けると考えている。失業率は高く、退職者は年金削減と物価の上昇で苦しめられている。ホテルや造船所で働き、今は退職しているイオルゴス・アサナシアディスさんは「政府が改善できたことが2つある」と言う。「1つは交通量。ガソリンが高くて車が走っていないからだ。もう1つはコレステロール。国民には食品を買う金がないからだ」

 アテネ在住の土木技師クリストス・アサナソプロスさんは「少なくとも今後10年間は普通の状態に戻ることはないと思う」と語った。政府からの受注は減り、支払いは慢性的に遅れているという。アサナソプロスさんの会社は事業の大幅縮小を余儀なくされた。2005年には従業員が50人いたが、今や5人だけだ。

 アサナソプロスさんは昨夏、クレタ島北部を横断する高速道路の7キロメートル区間の調査を終えた。アサナソプロスさんの会社と別の1社とともに、政府に19万8200ユーロ(約2100万円)を請求したが、12月に政府が支払ったのは6万4940ユーロだけだった。役人から、残りは「払えるようになったらすぐに払う」と言われた。

 ギリシャ政府は供給業者に対して約65億ユーロを滞納している。その中には国の医療制度に納入する医薬品会社も含まれている。今年になって、支払いの遅れは10億ユーロ以上も増加した。政府は全額の支払いを約束しているが、財源がない。
若い国民はただ待つというようなことはしない。「若手技師の多くがアラブ諸国やオーストラリア、ドイツなど海外に行ってもいいと考えている」とアサナソプロスさんは言う。

 社会と経済の混乱は政治危機を招いた。パパンドレウ首相率いる社会党が議会で過半数を握っているため、EUは同首相なら人気のない法案も成立させることができると当てにしてきた。これまではなんとかなったが、いつうまくいかなくなってもおかしくない。

 社会党議員のバッソ・パパンドレウ氏(首相とは無関係)は最近、議会でこう述べた。「欧州の連帯、団結、協力は崩れつつある」。この日、新たな法案がかろうじて成立した。「私は賛成票を投じる。しかし、多くの人と同じように、この国がたどる道はこれでいいのかと良心が痛む。これが最後だ」

 パパンドレウ氏は社会党に残ったが、前労働相のカツェリ氏はこの法案への賛成を拒否した。これで社会党過半数割れまで3議席しかなくなった。様子見の議員はパパンドレウ氏だけではない。他にも数人の議員が党の方針に従わない可能性を示唆している。

 議員のパナギオティス・クロムプリス氏は今夏、緊縮政策への投票後に党を離れた。同氏は最初の救済策は支持したが、「われわれが手にした資金は全て、債務返済に回った。発展に1ユーロも使っていない」と語る。

 社会党の方針に背くことは「私の人生で最も困難な瞬間だった」とクロムプリス氏は言う。同氏は子供のころ、仲間と見つけた手榴弾の事故で失明している。投票の1時間前に娘からメールが届いた。そこにはこう書いてあったという。「私はお父さんをいつでも応援しています。でも、若い人たちがお父さんに託した信頼を裏切ってほしくない」

 クロムプリス氏は反対票を投じた。

 多くのギリシャ国民は債務危機が起きたのは政治のせいだと考えている。何十年もの間、社会党も主要野党の保守党も政権の座に就くと、機会をとらえては支援者を公務員にした。ギリシャには今、教える教室を持たない教師や、する仕事のない役人が何千人もいる。

 その結果、公務員の給与は膨れ上がり、国は大きな危機に対応する備えができていない。

 「私たちは第三世界の国になるのを恐れている」と著名作家のアポストロス・ドキアディス氏は言う。「これはただの金融の話ではない。問題は機能的な政府がないことだ。国民はギリシャが破綻国家になることを心配している」

 ドキアディス氏は仲間と一緒に新たな政治グループを立ち上げた。このグループは公的部門の大幅な見直しと欧州との和解を呼びかけている。

 「問題となっているのは、私たちが築こうと努力してきたもの、ギリシャ国民が軍事政権崩壊後の30年間に勝ち取ったものが破壊されていることだ」とドキアディス氏は言う。「社会が崩壊しつつあるという考え方は非常に衝撃的だ」

 コロナキ地区のあるアーケードにあった3つの小さな店の中で最後に残ったのがヴィスヴァルディスさん経営の衣料品店だ。隣の店は債務危機が始まってから閉まったままだ。2軒先で革製ハンドバッグを売っていた女性は先月、店じまいした。平日の午後だというのに、外を歩いている人はほとんどいなかった。

 「みんな家の中に閉じこもっている。外出しない。お金が無くなるのを心配している」とヴィスヴァルディスさんは言う。「みんな店を閉めることになるでしょう」

ヴィスヴァルディスさんの店の売り上げは2年で60%減少した。緊縮政策はセーターやショールなどの売り上げを直撃した。政府は付加価値税の税率を19%から23%に引き上げた。他の欧州諸国と同じように、ギリシャでも小売価格は付加価値税込みで表示される。税率が引き上げられれば、小売業者は価格を上げるか自腹を切るしかない。

 先のことはまったくわからないとヴィスヴァルディスさんは言う。「私は『トロイカ』が悪いとは思っていません」。トロイカとはEUの欧州委員会欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金IMF)からなる調査団のことで、ギリシャでは、緊縮財政を立案したのはトロイカだと考える人が多い。ヴィスヴァルディスさんは「自分たちの責任です。しかし、トロイカも何をすればいいのかわからないと思う」と語った。

 若手ブロガーのパパドプロスさんは、EUの救済策とセットになった改革を進めてもほんのわずかな希望さえ生み出せない現状にギリシャ国民は疲れ切っていると語る。ギリシャの不況はEU当局の予想よりはるかに悪く、ギリシャは市場から自力で資金を調達することができるはずもない。

 「『申し訳ないが、破綻しよう』という時が来る」とパパドプロスさんは言う。「暮らしは貧しくなるが、自由が手に入る。すべきことを自分たちで決められるようになる」

記者: CHARLES FORELLE
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