日本の経済失策を繰り返そうとしている中国(WSJ日本版から引用)

やはり、ここは日本がエネルギー革命を起こして、アメリカに代わって世界を引っ張っていくことが求められるのではないか。

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シドニー】衝突と競争の歴史にもかかわらず、中国と日本は発展モデルを共有している。しかし、注意しないと、中国は日本の経済的運命をも共有してしまうかもしれない。

 日本の戦後の経済復興と中国の近年の成長は共に、輸出と安い労働力に基づいていた。過小評価された通貨は輸出業者に競争上の優位性を与え、輸出は家計所得と個人消費を犠牲にしてまで奨励された。

 さらに、高い国内貯蓄率を奨励してきた両国は、それを融通して投資資金として使ってきた。両国とも莫大(ばくだい)な貿易黒字を生み出し、それを米国債を中心とする海外資産に投資した。これには自国通貨の上昇圧力を抑え、両国の輸出品の購入資金を融通するという狙いもあった。また、両国は経済成長を後押しするために、国内資金で賄われたハイベルの投資も利用した。

 日本にとって音楽が止まったのは、1985年9月のプラザ合意だった。円高ドル安への誘導を迫られ、輸出と経済成長率が低下した。

 成長を復活させるため、日本の政策立案者たちは円高の効果を相殺させる信用主導型の投資ブームを計画実行したが、資産価格のバブルは膨らみ、最終的には崩壊した。以来、経済活動の崩壊を避ける手段として財政支出と低金利が使われてきたが、それは不均衡を悪化させるだけだった。

 政府支出を賄い、金融資産価格を下支えするためとはいえ、日本には巨額の財政赤字、非常に高い水準の政府債務残高、日銀のバランスシートの拡大という難問が残されてしまった。

起きつつある金融危機

 1990年まで日本は非常にうまくいっていた――いくつかの短い中断はあったが、力強い成長を続けていた。ところが、バブルがはじけたあとの1990年以来、日本はほぼ20年間途切れなく続いた景気停滞から抜け出せずにいる。

 中国が人民元の急激な切り上げを拒む本当の理由は、日本と同じ経験をしたくないからである。

 それでも、中国の輸出を急減させ、経済活動を鈍化させた世界金融危機に対する同国の反応は、プラザ合意後の日本の反応に類似していた。

 中国は財政支出の代わりに、国営の金融機関からの急激な信用膨張で成長を促進しようとし、それが投資ブームを後押しした。

 かつての日本がそうであったように、中国の銀行制度は脆弱(ぜいじゃく)である。中国は、高水準の成長を維持するために、財政赤字よりもむしろ、特別対象となったプロジェクトに向けられる銀行融資を利用した。

 担保としての割高な資産への中国の依存、債務返済には不十分なキャッシュフローのインフラ整備計画などからすると、多くの融資は焦げ付くだろう。こうした不良債権は、金融危機を引き起こしたり、中国人の膨大な貯蓄や所得のかなりの部分を吸収したりして、経済成長の可能性を縮小させてしまうかもしれない。

 さらに言えば、危機が始まる時点で、日本は今の中国よりもかなり豊かな国だったので、景気低迷に対処する上でも重要な優位性があった。日本にはそうした状況に適合するのに役立つ質の高い教育制度、優れた革新と技術、労働に対する生真面目さもあった。世界一流の製造技術、電子工学や重工業における重要な知的財産も日本の強みだった。

 対照的に中国は、輸入素材を使った輸出製品の組み立てや製造の面で安い労働力に依存している。労働力不足や賃金上昇でその競争力は弱まりつつある。中国の技術革新やハイテク製造業への取り組みはまだ始まったばかりである。

 中国当局は信用主導型の投資戦略が、資本配分の誤りや非生産的な投資、国有銀行での貸付損失につながったことを認めている。


中国が抱える課題

 近年、中国が成し遂げてきたことに対する人々の畏敬の念は高まってきた。しかし、中国が必要とされている経済転換をし損なうと、その目を見張るような成功が驚くべき失敗で終わることもあり得るのである。

 今、問題となっているのは、中国が次の日本になることを回避できるかどうかだ。

 中国は投資主導型の成長モデルからの脱却という重大な課題に直面している。補助金をばらまくことで生産性を無限に拡大して成長を維持するという戦略はますます実現性を失ってきている。現在の戦略を継続しようとしたり、その修正だけをしたりすると、中国の社会的・政治的安定にも影響を及ぼすほど予想を大きく上回る景気減速を引き起こしかねない。

 近年よりは穏やかなペースになるとはいえ、世界は中国が成長し続けると思い込んでいる。こうした見方は、事実よりも世界経済が何を必要としているかに基づいている。『ナルニア国ものがたり』で知られる小説家C・S・ルイスも次のように述べた。「真実を探せば、最後には慰めが見つかるかもしれない。だが、慰めを探そうとすると、慰めも真実も得られない。最初に得られるのはお世辞と希望的観測だけで、最後には絶望が待っている」

(筆者のサトヤジット・ダス氏は元銀行員で『Extreme Money』と『Traders, Guns & Money』の著者でもある)
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